平成29年7月10日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官 平成28年(行コ)第325号 神奈川県議会議員政務活動費不正受給確認請求控 訴事件(原審・横浜地方裁判所平成27年(行ウ)第25号) 口頭弁論終結日 平成29年6月12日 判決 (裁判官名省略) 主文 -----1----- 1 本件控訴を棄却する。 2 補助参加によつて生じた費用は補助参加人の負担とし,控訴費 用は控訴人の負担とする。 事実及び理由 第1 控訴の趣旨 1 原判決を取り消す。 2 被控訴人の請求を棄却する。 第2 事案の概要等 1 事案の概要 (1)本件は,神奈川県(以下「県」というc)の住民である被控訴人(1審原 告)が,県の執行機関である控訴人(1審被告)に対し,県において,平成 23年度(ただし,平成23年4月分を除く。以下同じ。)ないし平成25 年度に県議会の会派である自由民主党神奈川県議会議員団(以下「本件会派」 という。)に対して交付した政務調査費及び政務活動費(政務活動費等)の うち合計518万8050円について,本件会派の収支報告書に記載された 当該支出の事実はないから,本件会派が当該金額を県に不当利得として返還 すべきであるにもかかわらず,その不当利得返還請求権の行使を違法に怠っ ていると主張して,地方自治法(以下1法」という。)242条の2第1項 3号に基づき,上記請求権の行使を怠る事実の違法確認の請求をした住民訴 訟の事案である。 (2)原審は,被控訴人が主張するとおり,上記518万8050円の支出の事 実は認められず,本件会派が県に対して同支出に相当する金額を不当利得 (法律上の原因のない利得)として返還すべき義務があるとして,県の執行 機関である控訴人の本件会派に対する不当利得返還請求権の行使を怠る事実 は違法であると認定した上で,本件請求を認容した。 そこで,これを不服とする控訴人は,本件控訴を提起した。 -----2----- なお,当審において,補助参加人が控訴人に補助参加した。 2 関係法令等の定め及び前提事実 関係法令等の定め及び前提事実は,原判決の「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」の「2 関係法令等の定め」及び「3 前提事実」に各記載の とおりであるから,これらを引用する。 ただし,平成25年当時に本件会派に所属していた中村省司・県議会議員 (原審においては「中村議員Jと表記)は,当審において,補助参加人とし て控訴人に補助参加したので,以下,「補助参加人」又は「中村議員」とい う。 3 争点 (1)本件各支出(資料作成費として政務活動費等からの合計518万8050 円の支出)の有無(争点1。原審の争点に相当する。) (2)本件各支出に相当する額について県の本件会派に対する不当利得返還請求 権が成立するか否か(争点2。原審の争点に相当する。)。 4 争点に関する当事者等の主張 (1)争点に関する当事者等の主張は,次の(2)のとおり,当審における当事者等 の主張を付加するほかは,原判決の「事実及び理由」中の「第2 事案の概 要」の「5 原告の主張」及び「6 被告の反論」に各記載のとおりである から, これらを引用する。 (2)当審における当事者等の主張 ア 争点1(本件各支出(資料作成費として政務活動費等からの合計518 万8050円の支出)の有無)について (被控訴人の主張) (ア)本件各支出に対応する中村議員の県政レポートの印刷(以下「本件印 刷」という。)は架空のものである。 すなわち,合計518万8050円の本件各支出に対応する中村議員 -----3----- の県政レポートは,実際には印刷されておらず,これが発行されたこと はないので実体のないものであるから,本件各支出の事実はない。 (イ)補助参加人の主張のとおり本件印刷をしたとされる石井印刷(当時の 代表取締役は石井照彦(以下「石井」という。))には,その帳簿への 記載がないのはもとより,石井印刷名義の納品書,請求書等が存在して いない。 (ウ)補助参加人の後記主張は、裏付証拠を欠くものであり、理由がないか ら失当である。 (補助参加人の主張) (ア)本件各支出に対応する本件印刷は,中村議員において石井印刷に発注 して実際に行われ,合計518万8050円の本件各支出も現実になさ れたものである。 なお,本件各支出に関し,被控訴人の中村議員に対する有印私文書偽 造,詐欺被疑事件についての刑事告訴につき,横浜地方検察庁が平成2 8年11月2日に嫌疑不十分で不起訴処分としている。 (イ)本件各支出に関し,石井印刷において納品書,請求書等が作成されな かったのは,石井が,本件各支出に関し, 自分で自由になるお金が必要 であったので,会社である石井印刷を通さずに, 自分の内職にすること を考えて,その支払額全額を個人である自己のポケットに入れ費消して しまったからである。 なお,本件が明るみに出て,石井が石井印刷に対して,前記の事情を 隠していたことが判明した結果,石井印刷としては修正申告をせぎるを 得なくなつたものである。 イ 争点2(本件各支出に相当する額について県の本件会派に対する不当利 得返還請求権が成立するか否か。)について (被控訴人の主張) ----4----- (ア)本件各支出の事実が認められないから,本件会派においては交付を受 けた政務活動費等を使途基準以外の使途に充てて違法に支出している以 上,同支出相当分の金額である518万8050円について,本件会派 には法律上の原因のない利得が生じ,一方,これに伴い県には同額の損 失が発生している。 (イ)控訴人の後記主張は,事実関係については否認し,法的主張は争う。 なお,本件各支出が違法支出であると指摘を受けているにもかかわら ず,本件会派及び中村議員においては,実際に収支報告書の訂正をして いないのであるから,当該支出は実体がなく違法であり,この場合にま で控訴人の主張に係る自己負担額分が政務活動費等の交付対象となり得 る性質を有するとは解することができないので,控訴人の後記主張は, 地方財政法2条, 4条に反することが明白である。 (ウ)したがって,本件各支出に相当する額については架空のものであって, 違法な支出であることは明らかであるから,県の本件会派に対する不当 利得返還請求権が存するので,県の執行機関である控訴人が本件会派に 対する上記請求権の行使を怠っているというべきである。 (控訴人の主張) (ア)仮に,収支報告書に記載された支出の一部を使途基準以外の使途に充 てたとしても,使途基準以外に充てた額を控除したその余の支出額が政 務活動費等の交付額を上回る限り,返還を要しないというべきである。  すなわち,法は,政務活動費等の使途の透明性を確保するための手段 として,条例の定めるところにより政務活動費等に係る収入及び支出の 報告書を議長に提出することのみを定めており,その具体的な報告の程 度,内容等については,各地方公共団体がその実情に応じて制定する条 例の定めに委ねることとしている。  このため,県の条例を受けて,会派又は議員は,政務活動費等の交付 -----5----- 額にとらわれることなく,政務活動に要した支出総額を収支報告書に記 載することになるのであり,県においては,収支報告書の支出合計額欄 が収入合計額(政務活動費等の交付額)を上回ることが想定されている 総額記載方式(当該年度の政務活動に要した支出総額を収支報告書に記 載させる方式)といえる。 (イ)また,県において,会派及び議員は,収支報告書の支出合計額欄につ いて,財源(政務活動費等交付金か自己負担か)を区別することなく, 当該年度の政務活動に要した支出総額(交付を受けた政務活動費等の総 額にとらわれない。)を記載するものである。  収支報告書に記載された支出総額は,本来であれば,そのすべてが政 務活動費等の交付対象となり得るものであるが,政務活動費等の交付額 が定められていることから,結果として交付額を上回る分は会派又は議 員自らが負担することとなるにすぎない(いわゆる超過分の自己負担)。 その場合,収支報告書に記載された支出総額に係るすべての証拠書類等 の写しが議長に提出されノ(議長から知事へも送付される。), さらに, これらは一般の閲覧にも供される(県では,証拠書類等の写しも情報公 開条例により閲覧又は写しの交付の対象となっている。)c  したがつて,県では,支出の一部を使途基準以外の使途に充てたこと が明らかとなった結果,その分の政務活動費等に残余が生じた場合に, これを政務活動費等の金額を超える自己負担部分に充当することが許容 されるものである。  すなわち,①使途基準以外の使途に充てた額が自己負担額(交付額を 超える金額)を上回る場合には,その差額分についてのみ,政務活動費 等の使途基準以外の使途に充てたものとして返還を要することになり, 一方,②使途基準以外の使途に充てた金額が自己負担額を下回る場合に は,政務活動費等を使途基準以外の使途に充てたとは認められず返還の -----6----- 問題が発生しないことを意味している。  なお, この点は,他の一部地方公共団体のように,収支報告書の支出 総額を政務活動費等の交付額の範囲内にとどめるように記載させる一部 記載方式においては,交付額を超える金額は収支報告書に記載されてい ないので,前記の充当が許されないことになるから,これとは事情が異 なるというべきである。つまり,県における総額記載方式における自己 負担額は,議長への報告,知事への送付,閲覧という各過程を経るので あり, 自己負担額も政務活動費等の交付対象となり得る性質を有するの である。 (ウ)これを本件についてみるに,平成23年度を例にとると,本件会派の 支出総額は2億6568万5163円,収入総額は2億5334万23 4円,その差額(自己負担額)は1234万4929円であり,一方, 中村議員における当該年度の本件印刷代は, 158万7600円であるc  そして,当該年度において,上記158万7600円について,支出 の妥当性,違法性が問われているとしても,その金額が1234万49 29円の範囲にとどまる限り, 158万7600円部分が自己負担額分 に充当され,その結果,本件会派には法律上の原因のない利得は存在し ないことになるc  また,中村議員における平成24年度及び平成25年度の本件印刷代 についても同様である。  仮に,各年度とも本件印刷代が違法支出であるとしても, これを上回 る自己負担額がある以上,収支報告書を訂正すれば,交付された政務活 動費等の返還を免れることは疑いがない。そして,中村議員等が本件印 刷代の違法支出を争って,収支報告書の訂正に応じない限り返還を余儀 なくされるという結論はあまりにも不均衡である。そこで,交付額より も多い支出総額の記載が存する場合,収支報告書の訂正が許されるとき -----7----- は,実際に収支報告書を訂正したかどうかにかかわらず, 自己負担額分 が政務活動費等の交付対象となり得る性質を有することは広く妥当する というべきである。  なお,県の条例においては,総額記載方式をとりつつ,不適切な支出 があつた場合にはその金額を返還するとの定めはないから,仮に,適法 性が疑われる支出が一部にあったとしても,これを上回る自己負担額が ある以上,法律上の原因のない利得は存在しないので,その返還の問題 は発生しない。 (エ)したがって,被控訴人主張の不当利得返還請求権は成立しないから, 県の執行機関である控訴人が本件会派に対する上記請求権の行使を怠っ ている事実は存しない。 第3 当裁判所の判断  当裁判所も,原審と同様に,被控訴人の本件請求は理由があるので, これを 認容すべきものと半」断する。  その理由は,以下のとおり,当審における補助参加人及び控訴人の主張に対 する判断を付カロするほかは,原判決の「事実及び理由」中の「第3 争′像(本 件各支出に相当する額についての県の本件会派に対する不当利得返還請求権が 成立するか否か)に対する判断」に記載のとおりであるから,これを引用する。 (当審における補助参カロ人及び控訴人の主張に対する判断) 1 争点1(本件各支出(資料作成費として政務活動費等からの合計518万8 050円の支出)の有無)について (1)補助参加人は,石井が,石井印刷を通すことなく本件印刷を行い,本件各 支出に係る金銭も石井個人として中村議員の事務所(以下「中村事務所」と いう。)から受領し,その後,本件各支出に係る本件印刷が発覚したことか ら,石井印刷が,本件印刷代について同社の収入であるとして修正申告をし た旨主張し,更に当審において,政務活動費支出伝票に添付されている領収 -----8----- 証(丙2の1ないし40),県政レポート(丙3の1ないし13),計11 回の県政レポートの印刷代の領収証(丙4の1ないし11)を提出している。 そして,証人石井は当審において,補助参加人の主張に沿う証言(以下「当 審石井証言」という。)をしている。 (2)しかしながら,政務活動費支出伝票に添付されている領収証(丙2の1 ないし40)及び県政レポート(丙3の1ないし13)については,それ自 体実際に当該県政レポートが,計11回にわたり枚数1万5000枚ないし 3万5000枚で印刷されて配布されたことを直接裏付けるものではない。 のみならず,本件印刷に係る県政レポートについては,中村事務所において, 多くの人手を使つて大量の県政レポートを配布することが必要となり,その 配布に関する何らかの記録が残されることが多いと考えられ,更にポスティ ングを行つたというのであれば,容易にこれを裏付ける証拠が存するという べきところ,本件全証拠によっても, この点の的確な記録も残されていると は認めることができない。そして,上記政務活動費支出伝票に添付されてい る領収証(丙2の1ないし40)及び県政レポート(丙3の1ないし13) は,証拠(甲3, 18ないし43,当審における中澤克之の証言)及び弁論 の全趣旨に照らすと,県政レポートに係る現実の発行・配布の形跡が乏しい ことから,外観上県政レポートを印刷した形を作出したのではないかとの疑 念を払拭することができないというべきものであるЭ  仮に,補助参力日人が主張するとおり,石井個人において本件印刷を受注し ていたとしても,中村事務所においては,県政レポートの現物の授受につい ての記録が残されていたり,閲覧用の実物がファイルされていたりするのが 通常であると考えられるところ,本件全証拠によっても,その記録等につい て的確に残されている事実は認められないというべきであって,不自然であ る。  そうすると,政務活動費支出伝票に添付されている領収証(丙2の1ない -----9----- し40)及び県政レポート(丙3の1ないlン13)を直ちに採用することは できない。 (3)もっとも,当審証人石井証言においては,石井印刷を通さずに本件印刷 を受注したことが判明したことから,修正申告をした旨の供述内容が存す る。  確かに,証拠(丙6ないし10(いずれも枝番を含む。))によれば,石 井印刷は,本件各支出に係る本件印刷代について,これを同社の収入とする ことを前提に,平成28年3月11日及び同年4月20日に,平成22年9 月1日から平成23年8月31日までの事業年度,同年9月1日から平成2 4年8月31日までの事業年度,同年9月1日から平成25年8月31日ま での事業年度及び同年9月1日から,平成26年8月31日までの事業年度の 法人税等についての各修正申告を行つたことが認められる。  しかし,本件監査請求の時点では,印刷及び印刷代金の受領を裏付ける 資料の提出がないだけでなく,上記修正申告はされておらず,本件訴訟提 起の後に初めて修正申告がされているものであって,修正申告に至った理 由についての当審石井証言はそれ自体合理性のあるものということはでき ない。  そして,当審石井証言はそれ自体信用性の乏しい点があるのみならず, 当審における証人中澤克之の証言と比較すると,当審石井証言を直ちに採 用することはできない。  そうすると,石井印刷が修正申告をした事実はあるものの,本件印刷が 実際に行われていたことを裏付ける的確な証拠はないというべきである。  なお,当審における証人森功―の証言内容は,それ自体曖昧な点が存す ることは否定することができないので,本件印刷に係る事実認定に直接影 響を与えるものではない。 (4)ところで,県政レポートの印刷代の領収証(丙4の1ないし11)につい -----10----- ては,補助参加人の主張では,石井において,石井印刷を通すことなく,石 井個人で本件印刷を行い, しかも,本件各支出に係る金銭も石井個人として 中村事務所から現金で受領したことを証する証拠として提出されているもの である。  しかし,県政レポートの印刷代の領収証(丙4の1ないし11)の作成名 義は,「石井印刷株式会社」と記載されているものであって,石井個人の作 成名義のものではない。力日えて,証拠(甲2, 3)及び弁論の全趣旨による と,中村議員が本件会派に報告した県政レポートの発行・印刷は計11回に 及び, しかも,各回の印刷枚数も1万5000枚ないし3万5000枚であ る上,本件印刷代金も各国28万3500円から66万1500円(合計5 82万7500円)と多額であること,そして,石井印刷においては,会社 の売上げには計上せず,本件印刷代につき,納品書,請求書及び領収証の控 えがなく,印刷及び印刷代金の受領を裏付ける資料が存在しなかったことが 認められることに照らすと,上記県政レポートの印刷代の領収証(丙4の1 ないし11)は,その作成経過が不自然かつ不合理である。  したがって,上記県政レポートの印刷代の領収証(丙4の1ないし11) は,客観的裏付けを欠く架空のものであるので, これを全面的に採用するこ とはできないというべきである。 (5)結局,上記引用に係る原判決説示のとおり,本件印刷がされたことを前提 とする本件各支出の事実はなかったものと認めるのが相当である.その他, 控訴人及び補助参加人の主張に鑑み,当審において追加提出された証拠を含 めて,本件訴訟記録を精査しても,上記認定判断を左右するに足りる的確な 主張立証はないというべきである。  なお,証拠(甲4,丙1の1ないし4)によると,本件各支出に関する被 控訴人作成の平成27年3月3日付け告発状に基づく告発に対して,横浜地 方検察庁は,平成28年11月2日,中村議員の有印私文書偽造)詐欺被疑 -----11----- 事件につき,嫌疑不十分で不起訴処分としていることが認められる。しかし, 当該処分は刑事手続であって,事柄の性質上,本件訴訟の事実認定に直接影 響を与えるものではないというべきである。 2 争点2(本件各支出に相当する額について県の本件会派に対する不当利得返 還請求権が成立するか否か。)について (1)法及び条例等における政務活動費等の定め ア 上記引用に係る原判決説示のとおり,旧法100条は政務調査費につい て定めており,これは,地方議会の審議能力を強化し,議員の調査活動の 基盤の充実を図るため,議会における会派又は議員に対する調査研究の費 用等の助成を制度化し,併せて,政務調査費の使途の透明性を確保しよう としたものと解される。  これらの定めは,政務調査費の使途の透明性を確保する手段として,条 例の定めるところにより政務調査費に係る収入及び支出の報告書を議長に 提出することのみを定めており,法は,その具体的な報告の程度,内容等 については,各地方公共団体がその実情に応じて制定する条例の定めに委 ねているものである(最高裁判所平成26年10月29日第二小法廷決 定・裁判集民事248号15頁参照)。 イ また,現行法10o条は,「政務調査費」を「政務活動費」に,「議 員の調査研究に資するため」を「議員の調査研究その他の活動に資する ため」にそれぞれ改めるとともに,政務活動費の使途を広げ,同条16 項を追加して使途の透明性の確保を図っており,政務活動費に係る収入 及び支出の報告の程度等については条例の定めに委ねていると解される。 そして,上記引用に係る原判決説示のとおり,本件旧条例及び本件新条 例(一括して以下「本件新旧条例」ということがある。)は,知事が会派 の代表者等から政務活動費等の請求を受けた場合には,所定の金額の政務 活動費等を交付すること,会派の代表者等は,議長に対し,政務活動費等 -----12----- に係る収支報告書及び政務活動費等による支出に係る証拠書類等の写しを 提出すること,会派等は政務活動費等の総額から当該年度において行つた 政務活動費等による支出総額を控除して残余がある場合には,当該残額相 当額を翌年度の5月31日までに返還しなければならないことを,それぞ れ定めている。 (2)収支報告書における所定の支出が存在する場合の扱い ア 本件新1日条4/1及び本件旧規程(以下「本件新1日条例等」という。)に おいては,収支報告書の支出総額を政務活動費等の交付額の範囲内にと どめるような定めはないから,本件新1日条例等は,収支報告書の支出総 額が政務活動費等の交付額を上回る事態を想定しているものと解するの が相当である。  そして, このような本件新1日条例等の下において,収支報告書における 所定の支出が客観的に存在する場合には,当初の収支報告書を記載したと きに,当該支出が使途基準に従つた支出に該当するか否かが必ずしも明確 でなくても,後に,当初の収支報告書に記載した経費に誤りがあったとし てその記載を訂正することができる余地があり,当該訂正の結果,政務活 動費等に残余が生じたときは,これを当初の収支報告書に記載された政務 活動費等の金額を超える経費の部分に充当することが許されないわけでは ないものと解される。 イ 以上のとおり,政務活動費等は,収支報告書の支出総額のうち使途基準 に従つた支出金額に充てられると解することが相当であり,このように解 することは,会派等の調査活動の基盤の充実という政務活動費等の趣旨に 沿うものであるし,一方で,このように解しても,政務活動費等の使途の 透明性の確保が損なわれるとはいえない。 (3)収支報告書における所定の支出が存在しない場合の扱い ア これに対して,政務活動費等による支出に係る証拠書類等が虚偽である -----13----- など,現実の支出を伴わない架空の領収証を添えて収支報告書が提出され ている場合においては,そもそも,政務活動費等の対象と位置付けること ができる前提を欠いているものであって,このような場合にまで,収支報 告書における所定の支出が客観的に存在する場合と同様の扱いを認めるこ とは,1日法,現行法及び本件新1日条例等の定めから認められる政務活動費 等の使途の透明性の確保という趣旨に著しく反し,政務活動費等としての 実体がない金員の取得に対しても,政務活動費等の形式を用いることで, 上記の政務活動費等の制度が全く予定しない金員の取得に正当な理由を与 えることとなりかねないものである。また,上記の場合においては,そも そも,政務活動費等の対象と位置付けることができる前提を欠いているも のであるから,このような架空の領収証を用いて,現実にない支出分に表 見的に対応した政務活動費等として金員を取得することは,およそ,政務 活動費等の対象となり得ないものについて,その形式を濫用して,理由な く金員を取得する違法な行為といわざるを得ないものであるc  そうすると,上記のような現実にない支出分に対応する金員を,架空の 領収証を添えるなどして,表見的に,政務活動費等として取得することが できる理由はないというべきであり,収支報告書における所定の支出が実 際には存在しない場合において,架空の領収証を用いるなどして政務活動 費等を取得したときには,特段の事情のない限り,当該支出分に対応する 政務活動費等を取得する法律上の原因はないと解するのが相当である。 イ これを本件についてみると,上記前提事実に加えて,証拠(甲3,乙7 の1ないし8,丙4の1ないし11)及び弁論の全趣旨によれば,県監査 委員は,平成27年4月30日付け「住民監査請求に基づく監査の結果に ついて(通知)」と題する書面において,本件監査請求の判断中において, 「関係人の調査を行つたが,支出の事実を客観的に判断できる資料が乏し く,法で定められた監査権限によっては,本件支出の事実の有無を判断す -----14----- るには至らなかった」と明記されていること,その後も所定の収支報告書 に係る支出のうち本件各支出については,実際の支出を伴わず,議長に対 して架空の領収証が提出されていることに照らすと,本件においては,収 支報告書における所定の支出が客観的に存在しない場合に当たると認めら れる。 この点について,控訴人は,支出の一部を使途基準以外の使途に充てた ことが明らかとなった結果,その分の政務活動費等に残余が生じた場合に, これを政務活動費等の金額を超える自己負担額分に充当することが許容さ れるので,使途基準以外の使途に充てた金額が自己負担額を下回る場合に は,政務活動費等を使途基準以外の使途に充てたとは認められず,返還の 問題が発生しないと主張するとともに,この理については,交付額よりも 多い支出総額の記載が存する場合,実際に収支報告書を訂正したかどうか にかかわらず, 自己負担額分が政務活動費等の交付対象となり得る性質を 有することは広く妥当するというべきであると主張する。  確かに,証拠(甲3,乙7の1ないし8,丙4の1ないし11)及び弁 論の全趣旨によると,平成23年度においては,本件会派の支出総額2億 6568万5163円と収入総額2億5334万234円の差額(自己負 担額)は1234万4929円であり,中村議員の本件各支出に係る当該 年度の本件印刷代は158万7600円であつて,その差額が自己負担部 額分を下回ること,そして,中村議員における平成24年度及び平成25 年度の本件印刷代についても同様であることが認められる。 しかし,他方,証拠(乙1, 2, 9, 10)及び弁論の全趣旨によれば, 本件1日条例13条1項は,「会派及び議員は,当該年度において交付を受 けた政務調査費の総額から,当該年度において行つた政務調査費による支 出…の総額を控除して残余がある場合には,当該残額に相当する額を翌年 度の5月31日までに返還しなければならないD」と規定し,本件新条例 -----15----- 14条1項は,「会派及び議員は,当該年度において交付を受けた政務活 動費の総額から,当該年度において行つた政務活動費による支出―の総額 を控除して残余がある場合には,当該残額に相当する額を翌年度の5月3 1日までに返還しなければならない。」と規定していることが認められ, これらは,そのいずれの規定文言上も,使途基準以外の使途に充てた金額 が自己負担額を下回るかどうかを問題にしているとは認められない。さら に,本件旧条例11条, 12条,本件新条例12条, 13条,県議会が作 成した「政務調査費事務処理の手引き(改正版)」(平成23年4月,乙 10),「政務活動費の手引き」(平成25年3月,乙9)によれば,1日 法,現行法の委任を受けた本件新1日条例等は,政務活動費等の支出に係る 証拠書類とできるものとして,客観的に支払に係る事実(支払額,支払日, 支払対象等)が確認し得るものを想定し,これを整備,提出させることに よって,上記に説示したような政務活動費等の使途の透明性の確保という 趣旨を全うさせようとしたものと認められるものである。  以上によれば,本件新1日条例等が,使途基準以外の使途に充てた金額が 自己負担額を下回る場合には,架空の領収証を用いるなどして政務活動費 等として金員を取得したようなときであっても,政務活動費等を使途基準 以外の使途に充てたとは認められず返還の問題が発生しないという趣旨の ものとは到底解されないところであつて,これを左右するに足りるような 特段の事情を認めるに足りる証拠はない。 そうすると,本件においては,実体と合致しない虚偽の内容の領収証を もつて,政務活動費等として金員を取得しようとしたものというべく,本 件会派においては,実体と合致しない本件各支出については政務活動費等 を取得する法律上の原因がないものというべきであって,本件各支出分は 不当利得として返還されるべきである。 ウ もつとも,控訴人は,被控訴人の主張するとおり各年度とも本件印刷 -----16----- 代に係る本件各支出が違法であるとしても,これを上回る自己負担額が ある以上,収支報告書を訂正すれば,交付された政務活動費等の返還を 免れることは疑いがないだけでなく,中村議員等が本件印刷代の違法支 出を争って,収支報告書の訂正に応じない限り返還を余儀なくされると いう結論はあまりにも不均衡であると主張する。  しかしながら,本件各支出自体が存在しない架空なものであつて,こ れが違法であるのに,本件各支出を上回る上記自己負担額があることを 理由に,その交付された政務活動費等の返還を免れることを是認するの は相当ではなく, このような事項が,本件において法律上の原因の存在 が否定されない特段の事情に当たるということはできない。  したがって,控訴人の上記主張を直ちに採用することはできない。 工 結局,本件新1日条例等の政務活動費等の使途の透明性の確保の趣旨に照 らすと,本件各支出の事実が認められない以上,本件会派においては交付 を受けた政務活動費等を使途基準以外の使途に充てて違法に支出している というべきであるから,同支出相当分の金額である518万8050円に ついて,本件会派には法律上の原因のない利得が生じており,他方,これ に伴い県には同額の損失が発生しているものというべきである。 3 小括  以上の次第で,県は,本件会派に対し,上記518万8050円の不当利得 返還請求権を有するものと認められるから,控訴人が本件会派に対して,当該 請求権の行使を怠る事実は違法というべきである。  その他,控訴人及び補助参加人の各主張に鑑み,本件訴訟記録を精査しても, 原審の事実認定を非難する点を含め,前記認定判断を左右するに足りる的確な 主張立証はない。 第4 結論 よって,被控訴人の控訴人における不当利得返還請求権の行使を怠る事実の -----17----- 違法確認請求は理由があり認容されるべきところ, これと同旨の原判決は相当 であつて,本件控訴は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとお り判決する。 東京高等裁判所第22民事部 (裁判官名省略) -----18-----